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8.ヨーロッパの言語教育の視点から

8.1 ヨーロッパの統合

ヨーロッパの言語教育は近年注目を浴びている。長らく戦争の絶えなかったヨーロッパでは、人々が戦争の防止のために欧州の統一を目指し、戦後間もない時期にECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)を成立させて、それからEEC(欧州経済共同体)、EC(欧州共同体)、そして現在のEU(欧州連合)へと発展している。EUの加盟国は27であり、ヨーロッパ地域の政治・経済・軍事的統合を目指している。

言語教育政策の上からは、欧州評議会(Council of Europe)に注目したい。欧州評議会はEUとは別組織であり、現在の加盟国は47を数えている。人権を擁護して、民主主義の推進と、ヨーロッパの文化的アイデンティティを保持しながら、多様性を促進しながらも欧州の統合をはかるという遠大な目標のために活動をしている。

欧州評議会は、ヨーロッパの言語教育に深い関心を持ち、『欧州言語共通参照枠』(Common European Framework of Reference for Languages, CEFR)を開発している。ヨーロッパの教育機関は、CEFR を文字通り「参照」することで、言語学習の目標の明確化を進め、シラバス、カリキュラム、試験、教科書などの開発を行っている。CEFRは、ヨーロッパで共通の、外国語学習の到達度を記述するのに使用するガイドラインである。

そこでは、学習者の能力を、大きく3 段階(A:基礎段階の言語使用者、B:自立した言語使用者、C:熟達した言語使用者)に分け、それらをさらに2段階に区別して、(A1、A2、B1、B2、C1、C2)の6つのレベルとしている。各レベルの能力記述文は「~ができる」という書き方が用いられ、「~ができるならばレベルはこうなる」という基準を用いることで、学習者のレベルが明らかになるようになっている。

8.2 複言語主義と多言語主義

複言語主義(plurilingualism)も欧州評議会の提唱する理念の一つである。これは、多言語主義(multilingualism)とは異なるものであるとされている(多言語主義に関してはさまざまな定義があるが、ここでは欧州評議会の定義に従う)。「多言語主義」は異なった言語のモノリンガル(=単言語話者)が共生共存している状況を言及しているが、「複言語主義」は状況に応じて、必要な言語ができる多言語話者たちが共生共存している状態を示している。そこでは、一人の人間が母語を含む複数の言語を有機的に活用しているのである。

複言語主義では、複数言語の話者たちは、目標言語が「母語話者並み」に上手にならなくても構わない、必要なところ(領域)で必要なことのできる言語能力があれば良く、目標とする言語レベルは学習者個人によって異なるという風に割り切っている点も特徴となる。

複言語主義のもう一つの理念とは、政策立案者や教育に携わる者や国が前もって言語の目標を定めて、それに向かって強制するというよりも、むしろ、個人が言語学習に主体的に関わり、自分で選び取り決定していくという「自律的学習」autonomous learningができるようなサポート体制を整えることである。つまり、自律的学習者を育てることである。さらには、生涯学習としての言語学習という考え方も複言語主義の理念の一つである。

8.3 欧州言語ポートフォリオ

統合されたヨーロッパ内を自由に移動する人々を念頭において、欧州言語ポートフォリオ(ELP)が開発された。具体的には、言語パスポート(language passport)、言語学習記録(language bibliography)、資料集(dossier)である。自分自身の外国語の学習の履歴を残すことで、転学・就職の際に、自己の言語能力を示す手がかりになるし、なによりも、自分自身の語学学習の履歴を見ることで、自らを客観的に見ることができ、今後の自分の言語学習の方向性を見いだすことができる。

杉谷(2011)では、ドイツでの小学生用のポートフォリオの事例を紹介している。小学生に言語ポートフォリオを使わせるその先見性に目を見はらされる。その主要目標は、①外国語学習の方法を自覚し、自分に適した学習方法を見つけ磨くこと、②自己の言語運用力を適切に評価する力をつけることにある。また、小学校段階での言語ポートフォリオには、学習事項や言語能力を記録し、それをもとに、中等教育段階への接続をスムーズに行うことが目指されている。

その言語ポートフォリオでは「学習記録」が重要な役割を果たしており、そこには、自分自身の「ふれあいの言語」や「言語への気づき」の経験を記入することになっている。さらに、外国語学習一般に応用可能な学習方法や目標言語と母語との負の干渉などを考えさせる項目までが導入されている。日本でも取り入れたいものだが、そのままの形での利用は無理であろう。いずれにせよ、是非とも日本版の小学校生用の言語ポートフォリオの開発が待たれるのである。

8.4 日本は何を学ぶか

ヨーロッパ諸国の言語教育政策から、日本が学ぶことはいくつかある。その一つは、日本が英語偏重へと傾斜している点への反省である。EUの母語+2言語という方針は、英語以外の言語への関心を示している。ドイツのザールランドでは第1外国語として、フランス語が選ばれていることが示すように、近隣の諸国の言語への関心が強い。ヨーロッパでは隣国の言語を学ぼうという強い意志が見られる。日本では、伝統的に、ドイツ語・フランス語という西洋諸国の言語への関心を示してきた。しかし、中国語や韓国語という近隣諸国の言語を学校教育の場で教えることは最近までは少なかった。この点は反省すべきであろう。

複言語主義が提唱するように、様々な言語を必要に応じて少しずつ勉強するという態度には、見習うべき点もある。日本では、複数の言語を広く浅く学ぶよりも、一つの言語へと集中することが望ましいとされ、その言語は、英語となる。英語さえ分かれば、世界を何でも知ることができると誤解する人も多い。その誤解を解くことも小学校外国語活動の役目の一つである。

(続く)

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