オーラルメソッドとオーラルアプローチ
二つの違い
英語教授法の教科書を読むと、オーラルメソッド(Oral Method)とオーラルアプローチ(Oral Approach)という二つの方法が紹介されています。この両者は名前が似ていて間違いやすいようです。かつメソッドとアプローチのの違いも理解しづらい点があります。どのように教授法が異なるのか、ここで説明を試みてみましょう。
メソッドとアプローチ
まず、メソッドとアプローチの違いを考えてみましょう。一般には、Approach は教授法の理論、Method は具体的な指導法という区分けがされています。しかし、教授法の教科書で紹介されるオーラルメソッドとオーラルアプローチでは、一方は具体的な指導法、一方が教授法の理論という区分けはありません。それぞれが固有名詞的に使われていると考えていいでしょう。ただ、強いて言えば、オーラルアプローチは行動主義的心理学理論に基づいた教授法ですので、理論に基づくアプローチでであると主張することも可能です。オーラルメソッドはパーマーが日本人向けに実践を通して編み出していった具体的な指導法なのでメソッドとも考えられます。
オーラルメソッド
日本で生まれたメソッド
オーラルメソッド(Oral Method)は、日本で生まれた教授法です。イギリスから言語学者・教育者であるパーマー(Palmer)が大正後期から昭和の初めまで日本に滞在して、日本人を対象に開発、研究した教授法です。彼の口頭作業(Oral Work)を重視すべきことを唱道した著作 The Oral Method of Teaching Languages (1921)から、彼が Oral Method の創始者と考えられています。
その当時の日本では文法訳読法が主に使われていましたが、音声重視で口頭練習を主眼においた教授法です。教科書を使う場合には、ピクチャー・カード等を用って内容理解の補助として用います。
他の類似の教授法
この教授法は、幼児が母語を習得する場合の経験を再生させようとする点では、Natural Method に通じるものがあり、母語の使用を避けようとする点では、Direct Method に通じているとも言えます。
語学の学習は習慣の形成
オーラル・イントロダクションを最初に用いることがあります。これは、その日の教材の内容について、教員が英語で説明を行うことです。それによって、学習者は音声に慣れ、直聞直解の訓練を行います。オーラル・イントロダクション直後には、理解を確かめるためQuestion-answer や 穴埋めプリントを使うことがあります。
その後、耳を訓練する練習、発音練習、反復練習、再生練習、置換練習、命令練習、定型会話などがあります。
問題点としては、教員が話す時間が多くて、学習者の話す時間が少ないこと。機械的な暗記、反復が多くて学習者は直ぐに飽きてしまうこと。定型会話が中心となり、学習者の創造的な発話が少ないなどの点が挙げられます。
パーマーの言語習得の5習性
パーマーは言語習得の5習性(The Five Speech-Learning Habits)を唱えました。
(1)まず、耳による観察(auditory observation)です。単音、音の連続の続き方、強弱、抑揚、語、句、文などをよく聞きます。そして、現在形か過去形かなどの発話全体をよく観察します。幼児では、生後約10か月間はただ静かに聞くだけになります。この間に語や文の聴覚像を頭の中に蓄えます。パーマーはこの期間を’incubation period’と呼んでいます。
(2)口で模倣(oral imitation)します。聞いた単音、音の連続を真似て発話します。音声面ばかりでなく語の順番などまで、真似ます。模倣は言語学習の出発点です。
(3)口慣らし(catenizing)を行います。ある一連の動作を同じ方法で繰り返しているうちに、自分の行つていることを無意識に機械的に行えるように筋肉を慣らすことです。
(4)意味づけ(semanticizing)を行います。語・語句・文をその意味と融合(fuse)させます。例えば/dɔg/という音を聞いて、日本語の「犬」を媒介とせずに/dɔg/という音の表す概念「犬」そのものを思い浮べることです。つまりidentificationからfusionの段階へ進めることです。fusionのためには十分な口慣らしが必要となりますので、(3)と(4)は密接不離で、時には(4)を(3)の先にするのがよいとも思われます。
(5)類推による作文(composition by analogy)は、(1)から(4)の習性によって習得した「基本的言語材料」(basic speech-material)を用いて、学習者 自身の類推作用で何らかの規則を発見することにより、場面に応じ、基本文の一部をさしかえて「派生的言語材料」(derivative speech material)を作るという習性です。fusionの域に達して、丸暗記している特定の文を基本文にして、無数の派生文を作り出す習性です。これを展開する方法には、置き換え(substitution)と転換(conversion)があります。
パーマーの7つの練習
上記の5習性に習熟させる方法として、Palmerは次の7つの練習をあげています。
(i)耳を訓練する練習(ear-training exercises)
(ii)発音練習(articulation exercises)
(iii)反復練習(repetition exercises)
(iv)再生練習(reproduction exercises)
(v)置換練習(substitution exercises)
(VI)命令練習(imperative exercises)
(vii)定型・会話(conventional conversation)
短所と長所
このメソッドの長所
(1)実物呈示・実演動作によって、場面に即して教えるので、入門期に生徒は興味を持ち、英語学習への動機づけが高まります。
(2)とかく軽視される「聞く力」が養成されます。
(3)入門期から口頭で教えるので、言語の本質に対して正しい認識を得ます。音声言語だけを重視するので、入門期は文字学習の負担が軽くなります。
(4)教員の話す力を伸ばすことになります。
このメソッドの短所
(1)実演的に教えるので、生徒の理解が正確でないことがあります。また、実演による説明(oral introduction)に時間がかかりすぎます。
(2)授業の重点が口頭作業におかれますので、読み書きの指導が足りなくなります。
(3)口頭作業がconventional conversation中心になるので、教員が発問し、生徒がこれに応答するという学習活動が主になります。そのために、生徒は、問いに含まれた文型・語句を用いて答えることにとどまり、生徒が主体的に創造的な発話をする機会が少なくなります。
(4)教員の話す時間が多くなり、、生徒の話す時間が少なくなる。また、教員の負担・疲労が大きくなります。
(5)わが国の教育界の現状では、純然たるOral Methodは、入門期などの特殊の場合以外は実施が困難です。
オーラルアプローチ
その誕生
オーラルアプローチは1940-1950年代にかけて、世界中の外国語教授法に影響を与えました。Charles C. Fries やLado の提唱した教授法です。ミシガン大学では、戦争中に外国語を使える人材を育成するために、ASTP (the Army Specialized Training Program)を開発しました。このプログラムは大きな成功を収めたと言われています。戦時中で外国語を短期間にマスターする絶対的な必要性があったので、学習者の動機は非常に高かったのです。このプログラムがオーラルアプローチへとつながります。
外国語を上達させるには、まず構造の理解から始めるべきとして、音声や構造の形式を重視する指導法を提唱しました。
スキャナー(Skinner)らの行動主義心理学の理論的な裏付けになっています。言語習得は習慣の形成であり、基本文型の徹底的な反復復習を中心に行うことが大切と考えられていました。その理論に基づいて開発された教授法です。刺激ー反応理論に基づいています。つまり、言語の発達は状況という刺激があると、それに応じた言語の反応があって、その反応が強化されて習慣を形成すると考えられていました。
つまり、外国語の学習とは、新出事項という刺激(stimulus)に対して、学習者が反応(response)てし、その反応が適切なものであれば指導者がそれを正しいと認め、また賞めることで反応が強化(reinforce)され、習慣を形成していくものである、と考えられるのです。
理念
The Oral Approachで用いられる文法は、現地の母語話者が話している言語をデ一夕として記述した記述文法(descriptive grammar)です。文法規則に基づいて、作り出した文ではありません。実際に話されている言語そのものを教材編成の際にも使用しています。これは、言語はspeechであると考えるためです(構造言語学の立場に基づいています)。
その場合には、speechは組織的な構造をなしていて、その構造は音素、形態素、 語、句、節、文というように連なっています。その様な構造は対立をなしています。その構造の対立にはpatternがあると考えられるのです。そのために学習の初期には文字は与えず、patternの口頭練習に専念します。
また「ことばを使う」とは口頭言語による行動(verbal behavior)であると考えます。そして、言語は習慣が集まったものであると考えます。つまり「言葉を身につける」ということは言語の習慣を形成することであると考えられて、繰り返しpatternの練習を行うことが必要となります。
そして、言語は構文が集まったものであるから、ひとつひとつの段階を踏んでそれぞれの構文を関連付け、習熟させて自動化(automatize)させると効果的な学習ができる、との考えがあります。つまり、言語の構造pattern をひとつひとつ繰り返して練習し、自動的に口について出てくるように訓練するべきであると考えらました。そこでは、言語はいろいろな技能が組織的に集まったものであると考えられましたので、認知面よりも技能面の訓練に力が入れられます。
対照分析(contrastive analysis)の考えも取り入れられています。学習者の母語と目標言語の構造の違いを比較分析し、違いが大きいところが学習者にとっての困難点である、と考えています。したがって、その箇所を含む構文は繰り返し練習を行うことで克服することが求められるのです。また教材の配列は構造の難易度によって決められます。既習事項と新出事項はコントラストをなすよう 編集されます。
なお、記述文法の立場を取っているため、日常で使っている言語の慣用的 用法に従って言語を教えるべきであり、文法的正確さとは慣用的用法にかなっていることであると考えられます。
指導法
模倣と暗記(Mimicry and Memorization)、 パターンプラクティス(Pattern Practice)、 転換(conversion)、拡大(expansion)が行われます。さらには、Minimal Pair で発音の紛らわしい項目を二つ並べて訓練する方法です。/i/-/e/, /l/-/r/, /f/-/v/ などがその例に挙げられます。
模倣と暗記(mimicry and memorization/Mini-Mem)
最初はkey sentenceを含んだモデル会話文をよく聞いて模倣します。 練習はクラス全体、グループ別、個人別で行います。その際、構造や語順だけではなく、発音やイントネーションにも正確さを求めます。誤りはただちに訂正され、正確に再生できるようになるまで繰り返し、練習を行います。
模倣のあとは暗記を行い、正確に再生できるように、既習の構文はそらで言えるようになっていることが要求されます。そのために、暗記やモデル文の朗読が課されます。そのあとの会話の練習はkey wordsやkey phrasesを生徒の興味に多少合わせて変えただけのものであり、正確に暗記した上で、台詞を唱えることが求められます。
パターン・プラクティス(pattern practice)
言語には構造のpatternがあるとの考え、および刺激反応理論に基づいて、 学習の初期の段階から構造のみならず発音も正確さが求められます。与えられた patternは練習を繰り返して自動的に即座に反応するように訓練されます。教室では新出のpatternが導人されると、指導者が与えるcueに従って学習者はナチュラル・スピードで文を言わなければなりません。
学習者にとっては与えられた単語がどのような意味を 持ち、置き換えた文がどのような意味を持つのかを考えることよりも、pattern の操作を即座に行って反応することのほうが重要になります。しかもモデル文は母語話者が使う文であり、発音も母語話者による録音音声が使われたため、発音の正確さも重要視されます。
最小対立(minimal pair)
構造と理解と発音の正確さを重んじているため、学習者が困難を感じるであろうと予想できる箇所は、既習事項と新出事項に最小の対立があるように提示されます。例えば、日本人が不得意とされている音はpen—pan、 heart-hurt、 base—vaseのような対立を用います。それらを繰り返して練習を多く行います。
批判
問題点としては、オーラルメソッドで示されたことと同様のことが挙げられます。言語操作の練習をしてもコミュニケーション能力につながらない点が最大の問題点でしょう。具体的には以下の点が挙げられています。
(1)機械的な置き換え練習を繰り返したため、教室での活動は退屈なものになりがちである。
(2)言語の生得的な習得能力や人間の認知力を考えていないようだ。
(3)反復練習だけではなく、言葉の規則も理解させたうえで自己表現などで、 創造的な言語使用をさせたほうが成功に導きやすいのではないか。
(4)学習者の動機付けや興味を喚起することに対して配慮がなされていない。
(5)pattern practiceを行って学習者が発することになる表現が実際の場面ではどのような目的で使われ、どのように機能するのか、という指導がなおざりにされている。
(6)言葉として意味が通じるかよりも言語の形式が正確に発せられたか、ということに焦点が置かれている。
(7)pattern practiceはある程度必要ではあるが、教室での活動の中心にはならない。
(8)言葉はコミュニケ一シヨンの道具である、という視点がない。
(9)言語の形式操作の能力は発達するが、それがコミュニケ一シヨン能力には直接はつながらない。
(10)教室で学習者が自由に創造的な表現を使う、つまりコミュニケ一シヨンのための場が設けられていない。
(11)学習者が発する目標言語は常に指導者のコントロ一ル下に置かれていて、あらかじめ用意された模範解答から外れる答えは認められない。
(12)発音も学習の初期から完璧なものを要求すると、学習者は間違いを恐れて話さなくなる。
参考文献
田崎清忠編『現代英語教授法総覧』大修館書店